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やるせない。
君からいつしか聞くようになった言葉だ。
俺も昔、よく使っていた。
その時々で"今"の自分の心情は、正にやるせないなと思っていたから。
それが何故使う頻度が減ったのだろうと考えた。やるせない程の状況ではないからだろうか。
もしくは、"やるせない"に到達して諦めたくはないという意地かもしれない。こっちの方がしっくりくる。本当にもうどうにもこうにも思いを晴らす手段も場所もないのだろうかと、寸前のところでもがいていたい。やるせないに帰結してしまえば、その先はないに等しい。
今、ほぼほぼやるせない。
悩んだ末、やつあたりのようにこの居場所に気持ちを遺しておく。直接伝える勇気と意義を失くしているので、苦し紛れに記す。
君からの好意が、いよいよわからなくなっている。実りかけた異性としてのそれはとうに朽ちてしまったことは知っている。
もっと根本的なところで、君の中で俺の価値はどれほどのものになってしまったのだろうか。
日々が忙しすぎて。存在が遠すぎて。悲しみが大きすぎて多すぎて。目指すべき将来に一直線に進むしかないから---どうしようもない。
そのどうしようもなさに俺もまたどうしようもできなくて、苦渋の日々を過ごしてきた。
希望を持つことは勇気がいる。期待を抱くことで負うリスクを君は血が滲むほどに知っている。
それでも。1か10しか選べなくても。人は簡単に割り切れない。黒と白の間にある無数の色にどうしてもにじんでしまうものだろう。その瞬間は予期せぬタイミングでやってくるもので、どれほど警戒をしていてもなす術なく君は傷ついてしまう。
不満があるか?山ほどあるよ。
あれもこれも、ではない。丘も崖も、山脈を持たない一つの大きな山がある。
最低限のコミュニケーションをとってほしい。
うんざりさせるほど君にぶつけては謝罪と反省を繰り返してきた不満だ。
手紙が嬉しかった。俺の言葉に感動して書いてくれたことも嬉しかった。充分だったはずなのに、どうしてこうも心はやりきれないのか。
俺は俺でたくさん諦めた。君の生だけを願っている。そう決めた。ささいな揺らぎでプレートはずれていく。反発は起きず、蓄積されていく。
連絡の頻度の問題ではない。なんだか、心底君の態度や発言を雑に感じてしまった。俺のせいなのだろう。そもそも、俺が雑だったのだろう。不満を与えてしまったから、萎えさせた。じゃあ、どうすれば正解だったのか。愚かにもわからない。そもそもが手遅れで答えはないのかもしれない。
『心のない優しさは敗北に似てる』
ふと脳内でよぎるこの詩に共感したくはないのに、自分を疑うことが増えた。
だってさ、おつかれさまって。えらいねって。すごいねって。かわいいよって。
心底思っているよ。けれども、伝わっているのか全然わからない。コンマ1秒でも1ミクロンでも、君は救われているのか癒されているのか。自信がない。現状のままに君へかける優しさ、そのものの意義を失いかけている。
俺の心配や労いは、君にとって他人事にしか写らなくなってしまったのかなと思う。実際に何かしてあげれているわけではないのだし。だとすれば俺の言葉は安っぽく届き、響くものは少ないだろう。本音を書き殴らなければ、有無を言わさない行動で示さなければ、今の君に俺は優しくできないのだろうか。
見えているものは変わらない。今の俺は他の全てに目を瞑り、君のそばに行くことが唯一の目標である。その先に期待も不安もない。
俺は自分に嘘をついているのだろうか。今君に見えている道はあまりにもまっすぐで狭い。そこから俺は消えかかっていると会って尚更に実感してしまった。その結果、自分の価値に疑問を抱いている。これは俺は俺を大切にしているということになるのだろうか。
君が銀杏の何かを理解して俺の何かを諦めたその日から、俺は君が怖い。
何を言うにも自信がない。理解に足る反応が返ってくることが少ないから、何を考えているのかどう伝わっているのかわからない。
君は君について話してくれることが少なくなった。意味がないから。言いたくないから。そのくせ、気まぐれに、中身は見せずに食べ終わった残骸の殻を見せてくれる。何が入っていたのか俺はわからないし無理に聞くこともできない。灰色の気分のままに、君の胃をこじ開ける手段を思いつくこともあるがとてもじゃないが実行には移せない。
俺は今、君と出会ってから一番関係が希薄になっているのではないかとさえ思う。全く話していなかった時よりもずっと。今の俺たちこそが、もっともっと、腹を割って会話を交わさなければならない気がしている。そんな暇が君にはないし、望まないだろう。そして、俺はこんな駄文を連ねている。
どこかでささいな何かを間違えたのだろうか。それは数え切れないほどだろう。重要なのはその追求ではなく、今一度揺るぎない自我を取り戻すこと。俺が俺のために、俺だけの力で。
好意と書いたが、表現がいささか似つかわしくない。尊敬と言い換えよう。
君が最後に俺の主張を、考え方を、素直に受け取って刺激にしてくれたのはいつだ?
もう大分昔になってしまったのだろうと思っている。だから自信がない。
勿論"彼"とは違う意味で、君が今の俺のどこを尊敬してくれているというのか。大抵のことは聞き流されてしまう。それは今に始まったことではないしむしろ君の愛嬌の一つで好ましく思っているけども、そうではなく、そもそも一人の人間として、今もちゃんと俺を立てて目を向けてくれる視線があるのだろうか。でなければ、君にとって俺が俺でなければならない理由は人恋しさを埋められ得る肉体と環境、そして言葉通り腐れ縁故に面倒くささがないということだ。
君という人間を周りよりもよく知っていて、近くに居れさえすればいい。面倒くさくないし、孤独を紛らわせるから。
それでいい。いいよ。俺しかできないから。
その上で、お互いを少しでも大切に想いたい。君から貰った刺激と愛を願わくば捨てないままでいたい。なんでもいい。話がしたい。
言葉を投げつけるのではない。話がしたい。
本当ならば頭はからっぽのままに君を抱きしめたい。君を感じたいし、悦ばせたい。君が何をしでかそうと俺の目を見つめて微笑んでくれるならば為すがままにどろどろの快楽に溺れたい。明日を気にせず眠りこけたい。
もはや叶わぬ夢だろうかと思う。それはそれでいい。俺は、話ができればそれでいい。
そのために早く此処を離れなければならない。
半生を振り替えることが増えた。数少ない絶対的な後悔に加えて、後悔ではなかった選択も形を変えて俺を嘲笑う。恐らく、それほど未来に目を向けざるを得ない段階にたどり着き、いざ顔を上げると視界はボヤけているのでうまく前に進めない。そんな人間にどうやって期待を愛を持てるのか。不思議で仕方がなかった。否、君は盲目であり勘違いに過ぎなかったのか。それが当然と思う。なんとも滑稽だ。馬鹿らしい。悲観的ではない。至極全うな見解だ。そんなもんくそ食らえが俺であり君だった。どうなんだ。
信じているよ。誰に何を言われようと君は君のままだって。え、じゃあ君ってなに?俺が信じている君は誰なの?
一つだけ魂を込めて言える。
天文学的確率であり得ない程に、君は俺の核の色を言い当てた。俺の哲学や趣向、その他全てが理解されなくとも、俺が俺でも自覚できないど真ん中の心理を貫いた。うまく言えない。人はこの世で親から貰う名前以前の、永久的に不変な真実のの名前があるという。その名前を言い当てられたとでもいうのか。心が震えた。全身が痺れてどうしようもなく涙した。あの瞬間は、ヒロトと清志郎、そしてあなたによってもたらされた。
だから僕は問答無用であなたを愛しています。どうしようもないんです。
誰にも理解できないだろう。親にも友達にも。それでいい。
あなたを知りたい。話がしたい。